藤本 肇

(漢方ジャーナリスト) 健康雑誌・書籍などを中心にフリーライターとして活動し、 特に中国の漢方(中医学)事情に詳しい。編集制作会社 「プラスワン」代表

【第7回】

肝の働きを強め、肝気の鬱結を発散


 まずは、みなさんを、中国の古典の世界に案内しましょう。荘子が著した『逍遥遊』の一篇です。
 「北冥(ほくめい)に鳥あり。その名を鵬(ほう)となす。鵬の背、その大なること幾千里を知らず…」
 かつて、鵬という、翼を広げると幾千里もあるような巨大な鳥がいた。一度羽ばたくだけで三千里、昇天すること九万里。翼の風圧で海面を押しわけ、龍が頭を出したところを食する。
 いかにも中国らしいスケールの大きな話です。この快鳥が大空をゆったりと飛ぶさまを「逍遥遊」とあらわし、何ものにもとらわれず、悠々自適に生きることの素晴らしさを説いています。権威、出世、マネーなどにとらわれて、あくせく働く現代人をあざ笑うかのような荘子の一篇です。
 この『逍遥遊』をネーミングの由来とし、イライラをしずめ、精神の自由を取り戻そうというストレス解消のための漢方薬に「逍遥散(しょうようさん)」があります。
 とりわけこのクスリは、中国漢方でいうところの、ストレス症候群のなかでも最も一般的な病態「肝気鬱結(かんきうっけつ)」をしずめる方剤としてよく知られています。
 耳慣れない言葉ですが、何となくイライラする、つまらないことが気にかかる、怒りっぽい、のぼせやすい、不眠、わき腹に張りや痛みがあるといった精神失調の状態を、東洋医学では肝のトラブルの一つ「肝気鬱結」とあらわしています。
 古来、中国医学では肝を精神との関連が強い臓器としてとらえていることは、これまでにも述べてきた通りです。肝は、精神のセルフコントロールがスムーズに行われるような状態を作りだし、私たちが社会生活にうまく適応できるように働きかけている臓器とされています。
 この調節作用は、気(生命エネルギー)をスムーズに巡らせることによって運行されると考えられています。ところが、精神的なストレスは肝の働きをにぶらせ、気の巡りの悪い全身状態(肝気鬱結)を作り出してしまいます。
 その冶療は、まず気を巡らし、肝の疎泄(新陳代謝)を回復させることが基本になります。白朮(びゃくじゅつ)、柴胡(さいこ)など7つの生薬からなる逍遥散(逍遥丸)や、それに牡丹皮(ぼたんぴ)と山梔子(さんしし)を加えた加味逍遥散(かみしょうようさん)は、肝の働きを強め、血液循環の改善によって精神の安定をはかる方剤であり、肝気鬱結の病態にピッタリ適応するクスリということがわかります。ストレスを制するもの、ビジネスを制す。逍遥散(丸)はサラリーマンにとって心強いクスリのはずです。
(藤本 肇・漢方ジャーナリスト)